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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)16号 判決 1963年1月31日

原告 大正紡績株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告訴訟代理人は「昭和三一年抗告審判第一、八三六号事件について特許庁が昭和三四年三月三〇日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

原告は本訴請求の原因として次の通り陳述した。

一、原告は別紙出願商標記載の商標につき昭和三一年二月二日特許庁に対し、旧商標法施行規則(大正一〇年一二月一七日農商務省令第三六号)第一五条所定の第二七類綿糸を指定商品として、原告の有する登録第四三四、六一二号商標の連合商標としてその登録出願(昭和三一年商標登録願第三、〇四四号)をしたところ、同年七月二〇日拒絶査定を受けたので、これに対し同年八月二七日抗告審判を請求(昭和三一年抗告審判第一、八三六号)したが、特許庁は昭和三四年三月三〇日「原告の抗告審判の請求は成り立たない」旨の審決をし、その審決書の謄本は同年四月七日原告に送達された。

二、審決は甲第二号証に記載のように、登録第八三、〇〇三号商標(別紙引用商標)を引用し、本願商標と右引用商標は、称呼及び観念上の点において類似する商標であり、且つその指定商品も互に牴触するから、本願商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号、以下単に旧商標法と記載)第二条第一項第九号の規定に該当し、その登録はこれを拒絶すべきものであるというのである。

三、しかし右審決は次の理由によつて違法であつて取消さるべきである。

(一)、商標の称呼及び観念は、普通最も親しみ易く、且つ理解され易い部分から生ずるものである。商標における文字は、その文字が平易である場合は、特に理解され易く最も親しみ易い部分である。本件出願商標の場合、商標の上部に配する角ゴシツク体の「双キリン」の文字は、読み易く判り易い平易な文字であり、小学生といえども読み誤りや見誤りをすることはなく、誰でもが正確に「双(ソウ)キリン」と発音することは疑いのないところである。

またこれに加えてこの文字の下部に配する図形においても、二頭の麒麟図形を、何人の目にも明らかに受けとられる複数の態様で描いてあり、特に長いキリンの首が二本、足が八本あり、単数のキリンでは表現することのできない印象を強く感ぜしめる点において単一のキリンとは判然と区別せられること明らかである。

かくて、図形と文字とは共に渾然一体となつて本件出願商標を構成し、以つて二頭の麒麟即ち「双キリン」を指称しているのであつて、文字よりはA、図形よりはBというように異つた称呼や観念を生ずるというあいまいな商標ではなく、常に文字部分と図形部分とは結合されている商標である。従つて本願商標よりは常に「双(ソウ)キリン」(双麒麟)印の称呼及び観念だけが生れ、それ以外の称呼や観念の生ずる余地は到底考えることができない。

殊に本願商標の如く図形部分の上部に配される顕著な文字は、実際取引上においてその商標の称呼として決定的、支配的な重要性を有するものであることは、経験則上明らかである。して見れば、審決のように文字と図形とが一体不可分に構成されている本願商標より、一部分にすぎない図形部分だけを抽出して、その称呼及び観念が「キリン」印と断定するのは、商標の構成を無視し、商標の観察を誤つており、経験則の違背といわざるを得ない。

(二)、更にこれを少しく詳しくいえば、本願商標の構成は、「双キリン」及び「TWO GIRAFFES」の顕著な文字と、遊歩する明確な二頭のキリン図形とを組合せて包括的に一体となしたいわゆる全形商標である。従つて商標を構成する各部分は分離独立して使用されるものではなく、各部分は密接に関連して常に一体をなし、一個の商標として使用せられるものである。

殊に商標を構成する文字の部分も、図形の部分も、両者いずれも同一の内容「双キリン」(二頭のキリン)を指称する態様に描出されており、図形部分に係る文字部分は特に図形部分に密接してその上部に、肉太の角ゴシツク体で一ぱいに横書されているから、一見して両者は完全に結合され、全体から見て両者の間に軽重の差異を認められない。

このように商標が図形と文字との結合によつて成立するときは、格別の理由がない限りその構成上両者の間に軽重の差異がないと観るべきであつて、文字もまた商標の重要な要素に属するのであるから、本願商標が他の商標と類似するか否かを判断するに当つては、その図形のみを比較して文字部分を無視するを得ないのが実験則上当然である。

このような見地に立てば、本願商標よりは「ソウキリン」印又は「ツージラフ」印の称呼と「二頭の麒麟」なる観念を生ずるのは一点疑うの余地がないものであつて、単なる一頭の麒麟図形を描いてなる審決引用の登録商標の「キリン」印とは、その称呼及び観念上においても毫も類似するものではなく、両者は判然と区別せられる別異の商標を構成するものである。

然るに審決は本件出願商標と引用商標との類否判断において、本願商標中の図形部分のみを抽出して、その他の部分を棄てて顧みず、しかも何故に図形の部分と文字の部分とに軽重の差異があるのかを説明しないで、その称呼及び観念上において両者は類似商標であると判断したのは商標の類否判定における全体的、統一的観察の原則に違背するものである。

また観点をかえて、本願商標の如く図形と文字から成立する商標であつて両者共に同一内容を指し、且つ図形の上部に密接して顕著に配されている文字を持つ商標における「文字部分」について観察するに、この文字部分は恰も新聞記事における見出しに相当する役割と意図をもつていることが認められる。即ち商標が図形だけから成るときは、図形そのものは直ちに理解できるが、その呼び方については、音読みか、訓読みか、通俗語か、略語か、英語か、その呼び方が幾通りもあつて選択に迷う場合が往々見受けられる。これでは一定の呼び方を希望する商標採択(使用)者の意図に副わないのみならず、自己の商標であるとの宣伝広告効果も期待できないので、客観的にみて最も図形に忠実であり、最も商標としてふさわしく、呼び易い名称を採用して態々図形の上部に配し、以つて図形と文字との両面から商標の称呼を一定し、且つ紛れない効果を挙げんとするものである。

従つて簡易迅速を尊ぶ取引の実際においては、このような商標は極めて多く、その殆んどは特別の理由(図形部分と文字部分との関連性が疑われるもの、或いは文字部分の表現が難解である等)がない限り、当該商標の文字部分をみて直ちにその文字通り呼び且つ取扱う実情にあることは多言を要しない。このような取引界の実際から考えて見ても、本願商標はその文字通り何人からも「双キリン」印と称呼せられ認識されることは更に疑いの余地はない。

これに加えて近時の商標使用の態様や宣伝広告等の方法を見るに、ラジオ、テレビ、新聞、雑誌等の広告媒体の進化と音響機械の発達に伴い、その方法も主として視覚に訴える図形重点の商標使用(宣伝)から、聴覚併用或いは聴覚主体の方法へと転換しつつあることが知られる。従つて一般的にみて複雑な図形そのものよりも、その図形より生ずる名称(称呼)を重視して使用(宣伝)する傾向に進みつつある現状下において、本願商標の称呼決定上に決定的支配的な役割を担う文字部分を軽視する観察態度は時代錯誤であるといわざるを得ない。

かように本件出願商標に対する審決の観察は、商標構成に対する根本的な過誤に基くものであるから、論理的な解釈論においても矛盾する結果となり、「キリン」印の称呼及び観念のみを生ずる引用の登録商標と、「双キリン」印と称呼せられ、「二頭の麒麟」と観念せられること必然の本願商標とを、称呼及び観念上類似するとの結論となつたものであり、その違法はこれを免れ得ないものといわなければならない。

(三)、本件出願商標は前記の通り原告の有する登録第四三四、六一二号商標の連合商標として登録出願をされたものである。そして右基本の登録商標は「双麒麟」の文字より成るものであるが、その権利の性質上「双麒麟」の称呼観念を生ずる商標であれば、文字であろうと、図形であろうと、すべてその商標の権利範囲に属することは当然である。従つて右の基本登録商標それ自身は文字商標であるが、二頭の麒麟なる観念を有する以上、当然その指称する二頭の麒麟図形をも包含するものとして登録せられたものであることは疑う余地がない。

然るに、基本商標の保護を強化し、商品の出所を明確にし、併せて巧妙な他の商標模造者から自己の商標を保護せんとする目的の下に、商標表出の態様を変えて連合商標登録出願とした本願商標が、審決記載のような理由によつてその登録を拒否せられるのは、誠に不可解であり、連合商標登録制度(旧商標法第三条)の精神を没却するものである。

また本願商標は右の通り連合商標として出願されたものであり、従つて同一会社の同一商品に使用せられる基本商標と本願商標との両者は、商標それ自身の態様は異るけれども、その使用については両者密接に一体の商標として取引市場に登場することは明らかである。そして右基本商標は、甲第五号証に示す通り、大阪三品取引所に受渡供用品として格付せられ取引せられている関係上、取引業者間に著名であることは明らかといえよう。してみれば、その基本商標と常に一体を為して使用せられる本願商標が、基本商標と異る取扱いなり称呼なりをされる理由は全く考えられない。

(四)、甲第二七号証ないし第三八号証の各一、二は、特許庁における過去の登録事例の一部であつて、そのいずれも、単一の動物鳥類その他の商標に対して二頭又は二羽の同一動物又は鳥類の商標が類似しないとして登録されている事実を示すものであつて、本願商標と引用商標との関係に酷似する関係商標間の特許庁における類否判定の基準を示すものである。これらに示す通り、特許庁はこの種商標に対しては、商標制度発足以来最近まで一貫して非類似の立場を採つて来たものである。然るにこれらと酷似ケースの本件の場合はこれを認めることができないとしているのであつて、この限りにおいては誠に不公平であり、不統一であるといわなければならない。

右甲第二七ないし第三八号証の事例中、本件指定商品と異なる絹糸(第二六類)綿織物(第三一類)のものが存在するが、絹糸の場合同一紡績会社で生産販売せられ、また商社又は糸商においては同一会社又は店舗で取引せられることは疑いのない社会事実である。また綿織物は綿糸(本件指定商品)で織られる関係上、同一会社で生産される場合もあり、綿糸を買つて別会社で生産される場合もあるが、その実際的取引は三品市場又は同一店舗又は関連会社で行われることが多い。要するに、世上には綿糸のみを生産販売取引することは殆んどなく、絹糸化繊糸等を併せてするか、或いは広く主要繊維製品を多数取扱う会社なりが多い実情であり、取引面の多角化は今日説明を要しない。従つて繊維の生産加工販売等に従事する取引社会においては、綿糸の商標も、絹糸の商標も、或いは綿、化繊その他の商標をも多種多様に見聞するのであつて、これら商品自体によつて特に商標の類否判断が確立され区別されているという実情にないことも当然である。

(五)、右記載のように、特許庁は前記登録事例のような「双〇〇〇」という種類の商標を多数登録している。そしてそれら「双〇〇〇」という種類の商標は、その登録審査の当不当とは関係なしに、取引者又は需要者の耳目に日々多数触れていることは争えない事実である。綿糸に絹糸に、或いは綿織物に、繊維二次製品等に独立した商標として、単一のそれらの商標(単一の鳥獣等を現わしたもの)と、同席しても、すれちがつても、相互に混同されることもなく、紛議を生ずることもなく、極めて自然の中に判別せられている実情にある。従つて実際の取引界のこの種商標に対する判別能力から推しても、引用商標の「キリン」印と本願商標の「双キリン」印とは、毫も相紛れたり、混同誤認せられる虞れはないこと誠に寸疑のない事実である。他面において単一の動物又は鳥類が殆んど既登録である現在、新商標登録が次第に複数化(三ツ星、三羽鶴、五星、七魚、九星)されている現状であるので、「数が異れば別登録せられる」という一般的な漠然とした解釈論が取引界に存在することも、併せて今日の取引界の実情を知る重要な点である。

本件出願商標はその採択された昭和二六年当初から今日まで引続いて大量に使用されて来たのであるが、この間一度たりとも第三者から抗議や苦情が持込まれたことはなく、また紛議を生じたこともない。同じ大阪市のしかも繊維の中心部、船場本町にいる引用商標の商標権者ですら一度たりとも苦情を述べて来ないのである。甲第五号証ないし第二六号証によつても証明せられる通り、本件出願商標は取引界において周知であり、実際的に「双キリン」と呼ばれているのである。いうまでもなく日本における繊維取引の中心は大阪である。この中心地にあり、しかも多数の取引者又は顧客が終始出入する大阪三品取引所、日本綿糸布輸出組合、大阪綿糸商協会、日本綿糸商協会の同業組合を始めとし、伊藤忠、日綿実業等々有数著名の代表的取引業者間において明らかな事実をもつてしても、なお本件出願商標が「双キリン」と呼ばれて取引され区別されているかどうか疑わしいというに至つては、実際取引における実験則は商標の類否判定には何の関係もないとするに等しく、「商標の類似性決定は取引の実際における実験則に照らし混同誤認の虞れあるか否かによりこれを決定するものとす」る判決例にも違背するものである。

かくては本件出願商標の如く、取引の実際においては引用商標の商標権者すら非類似として八年有余何の意見も疑惑をも持たないのに、特許庁の審査のみが類似だと断定することは、延いては生きものを殺すこととなり、誠に不合理な誤りを犯しているといわざるを得ない。

(六)、審決引用の登録商標が実際的に如何なる商品にどのように使用されているのか、また誰によつて使用されているのかについては、審決において触れるところがなかつた。しかし登録商標保護の精神から考えて、登録商標が保護に値する状態で使用されていなければならないことは論をまたない。

引用登録商標の商標権者板東製糸株式会社は大正九年に設立、縫糸手芸糸カタン糸真田紐等いわゆる和洋裁用加工糸を専門に取扱つて来たものであるが、第二次世界大戦の余波で業績不振となり、戦後は事実上営業廃止の状態となり、現在は全く営業活動はしていない。従つて縫糸加工糸業者名簿にも登録されておらず、本社所在地にも看板すら見当らない状態である。そして引用の登録商標は株式会社板東商店においてこれを使用している現状であり、その使用商品も板東製糸株式会社の営業品種と同じ和洋裁用加工糸である。従つて商標権者である板東製糸株式会社と商標使用者である株式会社板東商店との両者が特殊な関係にあることが推認せられるのであるが、まだ右引用の商標権の原簿上の権利者は現実に営業活動を行つていない板東製糸株式会社となつている。原告は右事実をとらえて旧商標法第一三条の商標権消滅の主張までするものではないが、このように商標原簿上の権利者でない者によつて商標が使用せられている状態は、商標法の精神から見て決して保護に値する商標の使用状態ではないものであつて、この点も引用商標と本願商標との類否判断において考慮さるべきである。

また引用商標使用者の取扱商品は右記載のように和洋裁用加工糸であり、その営業の形態や規模も極めて小さいものであるに対し、原告が本願商標の使用対象とする綿糸は原糸である。原糸と加工糸とは実際の取引においては、一次製品と二次製品(或いは三次製品)と呼ばれているように、両者は別個の商品として取扱われるもので必然的に取引の分野を異にするものである。従つて両者はその取扱商品に対する商標の使用においても、それぞれ取引の違つた世界において各別に行われているのであり、同一平面上における場合と異り、両者の使用商標が同一取引分野で交錯することはあり得ないのである。取引分野の異る、換言すれば次元の異る二個の商標間では、その実際から見て、両商標が誤認混同せられる虞れは皆無に等しい。従つて、商品と商標との関係を実際的により具体的に観察するのでなければ、二個の商標の混同誤認については妥当な答を得られないものである。何故なれば商標の混同誤認問題は論理上の問題ではなくして、実際において混同誤認の虞れがあるか否かの、いわゆる事実問題であるからである。右の見地からいつて審決は当該商標の働く場としての実際の取引の面に対する観察ないしは審理が不十分であり、その結果として当該商標自体の構成に対する論理に終始し、その結論を誤つたものといわざるを得ない。

四、なお原告は被告の答弁に対して次の通り述べた。

(一)、麒麟という動物はとりわけ首と四本の足が長いのが特徴である。本願商標では二つの胴体から上部に特徴のある長い首が突出しており、また下方にはこれまた長い八本の足が交錯して伸びている。従つてこれら特徴のある二本の首、八本の足は、それだけで直観的に二頭の麒麟であることを強く印象ずける。この二頭の麒麟図形を、商標として最も自然に、しかも呼び易く親しみ易い名称として「双キリン」を採択して図形の上部に大きく横書しているだけでなく、これら全体を長方形の線輪廓で包み、文字、図形、社名その他を一体として包括形成されている本件出願商標であつてみれば、最早何人の目にも文字通りの「双キリン」印の称呼及び観念を生ずるのが自然である。従つて極めて平易で読み易い「双キリン」の文字が二頭の麒麟図形とともどもに視覚に映ずるにも拘らず、被告のいうように「キリン」印の称呼及び観念を生ずると断定するのは盲目論に等しく、不自然であり、作為的であるといわざるを得ない。

(二)、また被告は「双キリン」という言葉は、元来二頭のキリンがある特別の態様で表わされているものを指称するものと考えるべきであるという。しかし「双児」「双葉」という語が「フタゴ」「フタバ」と呼ばれるように、「双」という語は、単数即ち一個に対する複数即ち二個を表わす対概念であつて、必ずしも特別の態様という漠然とした内容を包摂する言葉ではない。また被告のいう「特別の態様」或いは「自然の態様」といつても、仮りにわれわれが動物園等に長時間いて、複数動物の態様を観察するときは、二頭が同じような姿でお互いに向い合う時もあり、全く背を向け合つて相反する方向に位置することもあり、或いは一頭が直立し他が座する場合もあり、二頭が戯れる場面もあり、本件出願商標の如く相前後して並んでいることもある等、その態様は様々であつて、その何れをも自然といえば自然、特別といえば特別であり得るわけで、これらの場面を特別、自然という語で割切ること自体が社会通念上矛盾撞着である。従つて「双キリン」の語は一般の取引者及び購買者においては、一頭の麒麟に対する二頭の麒麟ということを指称すること明白であつて、その数量的な内容より先行する概念ないしは印象が存在するとは受取り難い。

かように本件出願の商標は、文字と図形から構成せられ、文字の部分からも図形そのものからも「双キリン」という称呼を生ずるような描出がされているものであるから、全体的構成によつて受ける印象は、構成の各部分の総和以上に強く固定化されること疑う余地がない。従つて特許庁が審決で引用した商標とは容易に区別し得られるものであつて、類似商標ではない。

(三)、次に本件出願商標は原告の有する登録第四三四、六一二号商標と連合する商標として出願されたものであることは既に述べた。

思うに連合商標登録制度は、基本となるべき商標の社会事情の変遷に伴う描出方法の変化や、他人の模造から保護するための防壁の役目をするために、内容において同一、態様において変化のある新商標を許可せんとするにある。そして本願商標の場合、基本商標は「双麒麟」の文字商標であるが、その文字内容は本願商標と全く同一であつて、その表現方法において図形部分が加わつたという違いにすぎない。それにも拘らず審決引用商標と類似であるからとの理由を指示せられるのは連合商標制度の趣旨から見て全く何の実益をも見られない。かくては基本商標が時代の変遷に応じて生成発展することは阻害せられ、登録当時のままの鎖につながれている状態は、誠に不合理で変遷の激しい取引社会において法の精神は自然死に終らざるを得まい。

第三、被告の答弁

一、原告の一及び二の主張事実はこれを認めるが、三の主張はこれを争う。

二、本件審決で本願商標に対する拒絶理由に引用した登録第八三、〇〇三号商標は別紙引用商標の通りであつて、第二七類綿糸一切を指定商品として大正五年八月一二日登録出願、同年一二月一二日その登録がせられ、その後昭和一二年三月五日及び昭和三一年一一月二二日の二回に互り商標権の存続期間更新の登録がせられたものである。

三、原告の請求原因三における主張は全く理由のないものであつて、被告としては引用登録商標を以つて本件出願商標の登録を拒否した審決は極めて正当であると信ずるが、原告主張の各項目についてこれを反駁すれば次の通りである。

(一)、原告の主張によれば、商標の称呼及び観念は普通最も親しみ易く、且つ理解され易い部分から生ずるものとし、本願商標は、「双キリン」の文字と「二頭の麒麟の図形」は一体不可分に構成されているから、常に「双キリン」印の称呼、観念のみが生ずるというのである。

元来、商標の称呼観念は通常最も親しみ易く、且つ理解され易い部分から生ずるものであることは被告としてもこれを認める。また本願商標は「双キリン」の文字がその上部に表わされているから、この部分より「ソーキリン」(双麒麟)の称呼観念をも生ずることは必ずしも否定するものではない。

しかしながら、本願商標の構成態様を見るのに、その中央に商標の大部分を占める程度に極めて顕著に圧倒的な大きさを以つて「麒麟」の図形を表わされていることは明らかであり、しかもこの「キリン」の図形は、たとえ二頭を以つて表わされていることは認められるにしても、その表わされている態様は引用商標に表わされている麒麟の図形と酷似しているに止まらず、更にそれは極めて普通に見受けられる極く自然な有りふれた姿態を以つて描き出されているものである。

そして、元来「双キリン」という言葉によつて表わされる観念は、決して一般的に単なる「二頭のキリン」という観念と同一ではなく、寧ろ二頭の麒麟の内、ある特別の態様(例えば二頭の麒麟が一定した同じ形でお互に向い合つている姿等)を以つて表わされているものを指称するものと考えるべきであることは社会通念上明らかである。従つて本願商標において、仮りに二頭の麒麟の図形が右記載のようにある特異な姿態を以つて描かれていて、その図形自体より、一般の単なる麒麟とは異つた称呼観念を生ずるように構成されている場合は格別であるが、本件事案におけるように、普通に見られる極めて自然なありふれた姿で描かれているような場合は、「双キリン」の文字と「二頭の麒麟」の図形は原告主張のように両者を一体不可分の関係にあるように構成されていると考えるべきではなく、寧ろ原告の言をかりれば、この極めてありふれた態様を以つて表わされている麒麟の図形は「われわれに極めて親しみ易く、且つ理解され易い部分」であると考えるべきであり、たとえ二頭の麒麟が描かれていても、看者はこれより単に「麒麟」の図形として強く印象ずけられるから、この麒麟の図形の部分のみが分離して商標の要部をなし、これより単なる「キリン」(麒麟)の称呼観念を生ずるものと判断しなければならない。

従つて「キリン」の図形のみより構成され、「キリン」(麒麟)の称呼観念を生ずること疑いを入れない引用登録商標との間においては、これを離隔的に観察するときは、商取引の実際において、仮りに両者は外観上差異を有するにしても、その称呼観念上の点において互に類似する商標であつて、誤認混淆を生ずる虞れが十分であると考えられるのである。

(二)、なお原告は本願商標の登録が拒絶せられたからといつて「双キリン」の称呼観念を生ずる商標を他に使用できないというものではなく、引用登録商標と類似牴触しない範囲において(例えば、商標中「双キリン」の文字を更に大きくし、顕著に表わす等)商標の構成を工夫して新たな商標を採択使用すれば少しも差支えのないことである。本願商標は極めて圧倒的顕著に単なる「キリン」の図形を商標の大部分を占める程度の大きさで表わし、しかもこの「キリン」を極く自然のありふれた態様で描き出してあるために、看者はこれを一見して単なる「キリン」を表わしたものとしての印象を受け、そのために「キリン」印の称呼観念を有する引用商標との間に取引上彼此相紛わしく誤認混同を生ずる虞れが十分に存するものと判断せざるを得ないのであるから、原告としては、このような構成を有する出願商標の採択に拘泥する必要は少しもないのである。

(三)、次に原告は本願商標はその有する登録第四三四、六一二号商標と連合する商標として登録出願がされたものであるから、当然登録されるべきものであり、若しその登録が拒否されるとすれば旧商標法第三条に規定する連合商標登録制度の精神は没却されるものであると主張する。

しかし、本願商標は商標中に「双キリン」の文字が表わされているから旧商標法第三条の規定により「双麒麟」の文字より成る前記登録商標に連合する商標として登録出願をすることが仮りに認められるにしても、原登録商標の類似範囲に属する商標は常にこれに連合する商標として登録が許容されるべきであるとする考え方は誤りである。何故なれば、たとえ連合商標の登録出願であつても、それが他人の有する登録商標に類似する等、当該出願について旧商標法第二条第一項各号に該当する事由がある場合においては、その登録出願は拒絶されるべきであることは極めて明らかであつて、この点に関する原告の主張は旧商標法第三条の連合商標制度の趣旨を理解しないことに起因するものであつて、全く理由のないものである。

(四)、また原告は甲第二七号証ないし第三八号証の事例を引用して本件出願もまた右の場合と同様その登録を許容すべきであると主張する。

しかし、そもそも出願商標について登録の許否を審理するに当つては、決して既登録の事例に拘束せられるものではなく、あくまでも具体的に当該事案について審理当時における取引界の実情を綜合的に勘案して審理判断がなされるべきであることは論をまたないところである。従つてこれらの登録例中には現取引業界の実情を以つてすれば、或いは多少妥当を欠くかと思われるような事例が仮りにあるとしても、原告の引用するこれらの事例の存することを以つて本件事案の判断が誤りであるとすることはできない。特に、原告の引用する既登録例中には織物類を指定商品とするものがあり、これら織物の類は綿糸等糸類とは商標法上原則的には互に非類似の商品であると認めるのを相当とするから、これらの事例については本件事案とは何等関係のないものであると思われる。

なお、糸類と織物類が同一の会社で併せて製造販売される事例があり、従つて商標の類否判断についてこれを同一の基準を以つて審理すべきであるという原告の主張が仮りに認められるとしても、原告引用にかかるこれら各種の登録例を見るに、前記のようにこれらの事例中には現取引業界の実情より見て多少妥当を欠くかと思われるものを若干見出し得るとしても、その他については概ね被告の有する類似判断の基準に照らして妥当と認められるものであつて、これらの登録例は寧ろ却つて被告の主張が妥当であることを裏付ける根拠となるものであるといわざるを得ない。

(五)、原告はその提出にかかる甲第五号証ないし第二六号証を援用して、本願商標はその構成上「双キリン」の称呼を以つて取引されている旨を主張している。

しかし仮りに本願商標と同様の構成にかかるものがその指定商品について使用されており、綿糸商業者及び機屋等取引業者の一部において原告の取扱いにかかる商標として知られていることは認めることができるとしても、広く国内の各地域に亘り、しかも単に一部の取引業者だけでなく、取引者及び最終の需要者一般の間において、前記載のような理由によつて、本願商標がその構成上必ずしも「双キリン」(双麒麟)の称呼観念のみを以つて取引せられることなく、寧ろ単に「キリン」(麒麟)と称呼観念せられる場合が決して少くないものと考えられ、この場合においては引用商標との間に称呼及び観念上相紛れる虞れが十分であると判断せざるを得ないのであつて、原告提出の右各甲号証を以つてしてはこれを否定するに足るものと認めることはできないのである。

(六)、引用商標の商標権者である板東製糸株式会社が現在右商標を使用していないという事実は勿論、商標権者として営業を全く廃止しているとの原告主張事実はこれを争う。仮りに現在同会社がその指定商品について引用商標を使用していないとしても、いうまでもなく商標権は永久権であるから、商標権が商標原簿に有効に存続する限りにおいて商標権者は何時でもこれを使用し得るのであるから、引用商標との間の類否を判定するに当つては、現在の事情のみならず、あくまでも将来に起り得る可能性ないし蓋然性を十分に考慮に入れて判断すべきものである。

また原告は原告が本願商標の使用対象とする綿糸は原糸であるに対して、引用商標使用者の取扱商品は加工糸であり、この両者は実際の取引においては別個の商品として取扱われ、取引の分野を異にするものであると主張する。しかし被告としては、本願商標の指定商品である第二七類「綿糸」にはいわゆる「原糸」と「加工糸」とを包含することを認めるとともに、更にこの両商品は商標法における類似商品として観念すべきものであると信ずるのである。何故なれば、綿紡績業者が原綿より製造した原糸はその用途によつて相当部分が撚糸、縫糸、カタン糸その他のいわゆる二次製品に加工せられるものであるが、この両者は原告の主張するように決して別個の商品として製造販売の過程において明確に区別されてはいない。このことは乙第三号証の一、二によつて明らかなように、綿糸の製産者、即ち綿紡績会社の中には原糸の製産のみを専業としている者の外に更に加工糸の製造までを兼業として行つている場合も相当あり、更に寧ろ十大紡績会社に属するような大会社の如きはこれを兼業として行つている例が多いのを知ることができるのであつて、「原糸」と「加工糸」とは商標法上は当然類似する商品として取扱わるべきこと疑いを入れないところである。原告はこの点に関して「商品と商標との関係を実際的により具体的に観察するのでなければ二個の商標の混同誤認については妥当な答は得られない」と論じているが、被告としては右のように、本件事案についてはあくまでもこの種商品の製造販売の実際に即して判断しているのであり、決して抽象的に論じているのではない。

なお原告は、原告が本願商標の使用対象とするのは原糸であると主張するが、本願商標の指定商品である第二七類綿糸中には原糸と加工糸を包含するから、原告としてはその指定商品に属する「加工糸」に対しても当然自己の商標を使用する権利を有するに至るべきことは論をまたないところであるのみならず、前記乙第三号証の一、二によつても明らかなように、綿紡績会社の中には加工糸までを一貫して製造している例が多いのがこの種業界の実情であることから考えても、原告会社としても将来において単に原糸のみでなく加工糸の製造までを兼業として行い、本願商標の使用対象中に加工糸までを加える可能性は十分に予想せられるところであるから、この点に関する原告の主張もまた到底肯認できないところである。

第四、証拠<省略>

理由

一、原告主張の一及び二の事実は当事者間に争いがない。

そして本件出願商標は別紙出願商標に示す通り、縦に長い方形輪廓内に、遠くに山を望み椰子の生えている草原を背景としてその中央に大きく二匹の麒麟が並んで立つている図形を描き、この図形の上部にゴシツク体で「双キリン」及び「TWO GIRAFFES」の文字を上下二段に横書し、右麒麟の図形の下方に小さく「TAISHOSPINNINGCO. LTD.」及び「大正紡績株式会社」の文字を上下二段に横書して成るものであり、引用の登録商標は別紙引用商標に示す通り、一匹の麒麟が立つている図形で成るものであつて、右引用商標は成立に争いのない乙第一号証によれば、その商標権者は板東製糸株式会社であつて、第二七類綿糸一切を指定商品として大正五年八月一二日登録出願、同年一二月一二日その登録がせられ、その後昭和一二年三月五日及び昭和三一年一一月二二日の二回に亘り商標権の存続期間更新の登録がせられているものであることが認められる。

二、そこで右両商標の類否について判断する。

(一)、右両商標は前記の通りの構成であり、その外観上の点において相当の相違のあることは明らかである。

(二)、しかし本件の問題点はその称呼及び観念の点にあるのであるが、引用商標が前記のような構成からみて「キリン」の称呼及び観念を生ずることには問題がない。問題は本願商標がその構成からみて原告主張のように「双キリン」の称呼観念を生ずるものとみるべきか、また或いは被告主張のように引例同様ただの「キリン」のそれを生ずるものとみるべきかである。

なるほど本願商標にあつては、原告主張のように、麒麟の図形が二頭のものとして描き出されているだけでなく、その図形の上部には相当肉太で「双キリン」の文字が分り易い書体で書かれているものであり、従つてこの商標から「双キリン」印の称呼と「二匹の麒麟」の観念が生じ得る可能性のあることはこれを認めなければならない。しかし、本願商標で最も考えさせられる点は、やはり被告も指摘するように、麒麟の図形がその中央に、商標の大部分を占める程度に極めて顕著に圧倒的な大きさで描かれていることであり、またその麒麟の姿態も、二頭ではあるが、ごくありふれた普通の状態のものが描かれていることである。そして右麒麟の図形が本願商標の構成で右のような圧倒的な大きさを示していることから、右商標では、図形の上部に「双キリン」の文字が表わされており、しかもその文字は前記のように相当肉太にはつきりと表わされているのではあるが、その全体の構成からいつて、この文字部分よりも図形部分がこの商標の要部であるとの印象を免れ難いところであり、この商標の看者としては、この図形部分から印象を最も強く受けるものといわざるを得ない。そしてこの本願商標の要部をなす右図形部分は、確かに二頭の麒麟を描いたものには相違がないのであるが、前記のように、その二頭の麒麟の姿態がごく普通の状態のものとして描かれている関係か、特にこの「二頭」の部分に意味があるものとの印象もこれを受け難いところであつて、看者としては単なる「麒麟」の図形としてこれを受け取る可能性が強いものといわなければならない。かくして本願商標からは単なる「キリン」印の称呼と「麒麟」の観念を生ずる可能性が多分にあるものであり、従つて引用の登録商標とその称呼及び観念を共通にする場合を生じ、両者は互に相紛らわしく、誤認混同を生ずる虞れが十分にあるものといわなければならない。そして本願商標では、図形部分の上部に前記のような文字部分が併せ存在するのではあるが、その要部は図形部分にあると認むべきこと前記の通りであるから、簡易迅速を尊ぶ商取引の実際に即し、また離隔的にことを観察する場合、この文字部分の存在によつては右の結論を左右することはできないものというべきである。

(三)、従つて本願商標と引用の登録商標とは、たとえ外観上の点においては差異があるとしても、称呼及び観念の点で共通するものがあり、両者は類似するものといわなければならない。

三、(一)、原告は本願の商標からは「双キリン」の称呼及び観念だけが生れ、それ以外の称呼や観念の生ずる余地はないとして諸種の主張をするのである。しかし、原告主張のように、たとえ本願商標における「双キリン」の文字部分が読み易く判り易く記載せられ、またその図形部分の麒麟が二頭描かれており、この両者が一体となつて本願商標を構成しているとしても、この両者については、その間或いはそれ自体のうちに軽重その他の点について前記のような特徴の存することを否定できないものであり、この特徴からして前記のように単なる「キリン」の称呼及び観念を生ずるに至るものと考えざるを得ないところであつて、原告の右主張はこれを採用することはできない。

(二)、なお原告は「二頭の麒麟」の図形から、この麒麟の姿態がごく普通のありふれたもので描かれていることから単なる「キリン」の称呼及び観念が生じ得るとすることにも不満があるようである。しかし「二頭の麒麟」の図形だけから「双キリン」の称呼及び観念を生ぜしめるためには、やはり、その二頭の麒麟が向い合せに図案化される等特殊化された姿態にあることが必要と考えられ、ただ二頭の麒麟を普通のありふれた姿態で表わしただけでは、ただの「キリン」と観念し、ただの「キリン」と称呼するに至る可能性が多分にあるものと考えるのが社会通念ではなかろうか。

(三)、また原告は本願商標が原告の有する登録商標の連合商標として登録出願をせられたものであるから、連合商標制度の趣旨から考え、連合商標の要件を具備している限りはその登録を拒否せらるべきではない趣旨の主張をする。しかし、たとえ連合商標の登録出願であつても、その出願商標が他人の有する登録商標に類似する等、当該出願について旧商標法第二条第一項各号に該当する事由があれば、その出願を拒絶せざるを得ないことはいうをまたないところであるから、右原告の主張は失当である。

また原告は、本願商標は基本商標の連合商標であり、同一会社の同一商品について使用せられるものであるから、基本商標と異る取扱いなり称呼なりをされる理由はないと主張するが、本願商標がその構成上右基本商標とは異つた称呼及び観念を生じ得ることは前に説明した通りであり、連合商標とはいつても、基本商標とは別に独自にこれを使用し得べきことも明らかなところであるから、本願商標がその構成上他人の登録商標と類似する以上、その独自の働き場所でこの他人の登録商標と誤認混同の虞れのあることは到底これを否定することはできないものである。

(四)、原告はまた特許庁における過去の登録事例を示して、本願商標の登録拒否は不公平であり、不統一であると主張する。しかし仮りに原告指示の事例中に、本願と同一の基準に立てば当然これを拒否すべきであるのにその登録が許されたものがあつたとしても、これはその登録が誤つて許されたというにすぎないものであり、これが許されているから本願もこれを許すべしとの議論は、特許庁に誤つた許可をせよというに等しく、この原告の主張の採用できないことは多言を要せずして明らかである。

(五)、また原告は「双〇〇〇」印の商標は単なる「〇〇〇」印の商標とともに取引界に多数に存在し、従つて実際の取引界のこの種商標に対する判別能力も発達しており、その判別能力から推して、引用商標の「キリン」印と本願商標の「双キリン」印とを誤認混同する虞れはないという。しかしこれは本願商標が「双キリン」印の称呼観念を生ずることを前提とした議論であり、本件にあつてはこのような取引界の実情を考慮するとしても、本願商標から単なる「キリン」印の称呼観念を生ずる可能性はこれを免れ得ないものと考えられるところであるから、本願商標と引用商標とはなおその誤認混同の虞れがあるものといわざるを得ない。

原告はまた本願商標はその採択された昭和二六年から今日に至るまで引続いて大量に使用されて来たのであるが、現実の取引界で「双キリン」と呼ばれており、一度たりとも第三者から抗議や苦情が持込まれたことはなく、また紛議を生じたこともないと主張し、その立証として甲第五ないし第二六号証を提出する。そして右甲各号証は原告会社代表者本人阿形邦三の供述によつてその成立はこれを認め得るところであるとともに、右原告会社代表者本人及び証人大前広一はいずれも右原告の主張に副う供述をするのである。しかし右証人の証言によれば、原糸は紡績会社より糸商の手を経て加工業者に引渡されるものであつて、原糸に貼られた商標は少くともこの加工業者の所まではこれを貼られたままで行くものであるが、紡績会社は全国で約百四十社があり、糸商には日本綿糸スフ糸商協会連合会という組合があつて全国で約二百の糸商がこれに加入していることが認められ、この多数の糸商から原糸を購入する加工業者の数は更に相当の多数であるものと考えられ、従つてこの紡績会社より糸商の手を経て加工業者に至るまでの原糸の取引関係は相当複雑しており、また末端では相当細分化されているものと認めなければならないところであつて、原告提出の右甲各号証の証明者等一部の者が原告主張通りのことを証明したからといつて、これを以つて、この複雑細分化された取引の末端まで、本願商標と引用商標とが誤認混同の虞れのないことの保障がせられたものとは到底これを為し難いところである。のみならず、本願商標の指定商品は単なる綿糸であつて、この綿糸中には加工糸もまたこれに含まれることを考えなければならない。原告会社の代表者はその本人尋問で「原告会社では双キリンのマークを現在も将来も原糸だけに限つて使用して行く気持である」と供述するが、商標それ自身としては、その使用者の現在の気持はともかくとして、その指定商品の全部に亘つての考慮が必要であり、本願商標が加工糸にまで使用せられる場合のことを考えれば引用商標との誤認混同の危険度は更に加わるものと考えざるを得ないところであつて、右原告の立証を以つてしても前記の結論はこれを動かすことはできない。

(六)、原告はまた引用商標の商標権者は現在営業廃止の状態にあり、その現実の使用者は商標権者と特殊の関係にある他会社であるから、かような事情も商標の類否判別に当つてはこれを考慮すべきであるという。しかし仮りに引用商標の商標権者が現在営業をしていないとしても、現に有効にその商標権を持つている以上、将来営業を再開し、または商標権についての使用権を設定して指定商品について引用商標を使用する可能性のあることはこれを否定できないところであるから、本願商標がその商標それ自体において引用商標と類似するものと判断される以上、右原告主張のような事情をその類否判断に持込み、商標それ自体から来る判断を左右し得るものとすることはできない。

また原告は、引用商標の使用者がその使用の対象としている商品は加工糸であるのに、原告が本願商標の使用の対象とするのは原糸であつて、その使用対象を異にするから両商標が誤認混同せられる虞れはないという。しかし原糸と加工糸とは類似商品であつて同一の取引分野で交錯して取引せられるものと解せられるだけでなく、前にも説明したように本願商標の指定商品はただの綿糸であつて、本願商標は加工糸にも使用せられ得る可能性を以つてその出願がせられているのである。そして両商標に誤認混同の虞れがあるか否かを考察する場合、右のような可能性は当然これを前提として考慮するを要するものであり、これを前提とする限り、原告主張のように誤認混同の虞れがないものとは到底考えられないところであるから、右原告の主張もまたこれを採用することはできない。

四、以上の通りであるから、本願商標と引用の登録商標とは類似する商標といわざるを得ないところであつて、且つその指定商品も互に牴触するものであるから、本願商標は旧商標法第二条第一項第九号によつてその登録を許されないものというべきであり、右と同趣旨に出て抗告審判の請求を排斥した本件審決は相当であつて、その取消を求める原告の本訴請求は失当である。

よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

(別紙)

出願商標<省略>

引用商標<省略>

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